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名古屋家庭裁判所 昭和44年(少)4760号 決定

少年 H・R(昭二八・四・一六生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、昭和四四年四月名古屋市中村区○○×丁目○番地所在の愛知県立○○高等学校に進学しその普通科第一学年に在学していたものであるが、進学直後に行なわれた実力試験の成績が意外に悪かつたことから、学内試験の受験に強い不安を抱くようになり、その後の試験期に再度家出して第一学期中受験を免れていたところ、学校側から父親を呼び出されて爾後の行状によつては退学の措置をとる旨厳しく申し渡されていたうえ、次の実力試験を数日後に控えて学習が意のようにならないところから一層不安をつのらせて種々思い悩むうち、同高等学校の校舎を焼失させることによりその受験をも免れようと企て、同年九月○日夕刻同市同区○○通○丁目○番地有限会社○○石油店の○○通給油所に赴き一かん一八リットル入りの灯油五かんを買い求め、その情を知らない同店の店員○居○治をしてこれを同高等学校の校庭東側出入口附近の中○勇方まで運搬させ、同家の家人らに無断のままその軒下にこれを放置して一旦帰宅した後、同実力試験の初日に当る翌八日早朝、宣伝用のマッチ一箱を携えて自宅から秘かに抜け出し上記中○勇方から上記灯油を受取つて同高等学校の校庭内まで運び入れ、続いて同高等学校第一、第二、第五、第四、第三各校舎の廊下または教室内の板壁や床上等に順次同灯油を撤布したうえ、同日午前四時五〇分ごろ、上記第二校舎の教室内等において、叙上のとおり床上に撤布した灯油上に所携の学習用紙数葉を置いてこれに灯油を浸み込ませ、所携の上記マッチを点火して同用紙に燃え移らせ、さらにこれを同校舎に燃え移らせる等の方法によつて放火し、よつて、当時人の現存していなかつた同第二校舎(木造瓦葺二階建、建坪五九〇・八平方メートル)の全部および同第一校舎(構造、建坪とも第二校舎に同じ)の北側の板壁約一三二平方メートルの部分を焼燬したものである。

(適用法令)

刑法第一〇九条第一項

(問題点)

一、本件は、日頃平凡、従順な高校生と見られていた当時一六歳四月余に過ぎない年少の少年が、極めて単純幼稚な動機のもとに突如重大な犯罪を計画してこれを実行し、社会一般の耳目を大きく聳動させたものであつて、重要、困難な多くの問題を有している。

二、まず、少年をみるに、父親が会社員、母親が化粧品の外交販売に従事し経済的に不安のない家庭の長男であつて、健康体に恵まれ、知能と記憶力は比較的優れているが、小学生時から数度問題行動を重ね、すでに児童福祉法上の措置を受けているうえ、社会性が極めて未熟で情緒に安定性を欠き、自己中心的で衝動的に行動し易く、とくに神経症的徴候を示すけれども精神障害を有しているとは認められず、これまで極端に母親の影響を受けて、父親を軽視している反面、母親を重視偏愛しているなど、その性格には種々の問題を有していることが認められる。

三、次に、その家庭をみるに、少年に対し、父親はかねてから全く放任して監護を顧りみなかつた反面、母親は学歴、成績等を重視し過度の期待をかけて溺愛し、その間の監護態度に一貫性が見受けられないばかりでなく、結婚当初から、夫(少年の父親)を露骨に軽視する態度を示すなどして夫婦間に多年不和葛藤を続け、これが少年の価値観ないし人格の形成に深く影響していることが窺われ、特に母親においては、少年の本件犯行後においても、なお叙上の問題に対する正しい認識と反省がなく、却つて他罰的な言動を示しているなど、その家庭には調整を要する深刻な問題が内在しているものである。

(保護処分に付する理由)

一、本件の罪質および犯情等に照らせば、少年に対しては、今後相当期間施設に収容して社会から隔離し、いわゆる施設内処遇を施すべきことはやむを得ないものと考えられるが、さらに刑事処分を加えて行刑施設収容すべきか、または保護処分に付して矯正施設に収容すべきかについては、その両者を比較考察して慎重に決定すべきものである。

二、そこで、少年を保護矯正施設に収容すれば、少年がまだ可塑性に富む年少者であつて、その人格および環境等に内在する問題点または要保護性を勘案しても相当期間適切な処遇を施すことにより、その矯正効果を充分期待できるものと認められるばかりでなく、その処遇上本件の罪質および犯情とこれに伴う社会感情等をも考慮して収容期間および少年を社会に復帰させる方法等を決定することも可能であることに比し、少年に対して刑事処分をもつてすれば、本件に相応する責任を果たさせ得る点ならびに社会感情を満たし得る点については適当であるが、少年の社会復帰の点においては憂慮されるものがあると考えられる。

三、よつて、少年に対しては、この際保護処分に付して矯正施設に収容することにより、その処遇上本件ならびに少年に関する種々の要請を正しく満たし得るものと思料し、少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条第三項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 川瀬勝一)

参考一

昭和四四年少第四七六〇号

少年調査表〈省略〉

参考二

鑑別結果通知書〈省略〉

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